「ライ麦畑でつかまえて」

The Catcher in the Rye

ペンシルヴァニアの寄宿高校を退学処分になった16歳のホールデン・コールフィールド少年は、教師や級友に別れを告げ、故郷のニューヨークに戻る。ナイトクラブに行ったり、昔のガールフレンドとデートしたりするが、彼の居場所はどこにもなく、インチキ(phony)な大人や社会の欺瞞に対する鬱屈は消えず、街をさまよい続けたホールデンは両親の留守中に実家に行き、10歳の妹のフィービーに会う――。病院で療養中の主人公ホールデンが昨年のクリスマスの出来事を振り返る体裁で綴られた、サリンジャー唯一の長編小説。

発売されるやいなや話題を呼び、29週にわたってニューヨークタイムズのベストセラーリストに留まった。10代の孤独や鬱屈を表すスラング混じりの粗野な口語文体が若者の熱烈な支持を得る一方、保守層からは反道徳的との批判を浴び、多くの学校や図書館で禁書として扱われた。アメリカ初版は1951年。全世界発行部数累計6500万部を超え、30カ国語に翻訳され、現在も世界中で毎年25万部ずつ売れ続け、青春小説の名作として読み継がれている。日本国内発行部数も累計320万部を超え、村上春樹による新訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」も話題となった。

J.D.サリンジャー

Jerome David Salinger(1919-2010)

1919年1月1日、ニューヨークのマンハッタンに生まれる。コロンビア大学在籍中の1940年、短編「若者たち」を「ストーリー」誌に発表し作家デビュー。1942年から1946年まで軍務に就き、ノルマンディー上陸作戦などに参加。帰国後、「ニューヨーカー」誌上で発表した短編「バナナフィッシュにうってつけの日」が評判を呼び、同誌と第一査読契約を結ぶ。1951年、自身の分身とも言えるホールデン・コールフィールドを主人公とした初の長編「ライ麦畑でつかまえて」で一躍脚光を浴び、世界的に知られる作家となる。

その後、世間の目を避けるようにニューハンプシャー州の田舎町コーニッシュに移住し、グラース家の7人兄妹を中心とした“グラース家もの”を主に執筆するほか、旧作を集めた短編集ナインストーリーズフラニーとズーイ「大工よ屋根の梁を高く上げよ シーモア―序章―」などを出版する。1965年の中編「ハプワース16、1924年」を最後に新作の発表を停止。それ以降、海賊版や未公認の伝記の出版、ファンが起こした事件などがメディアで大きく報じられることがあっても本人はほとんど公の場に出ず、その沈黙はさまざまな憶測と伝説を呼んだ。2010年1月27日死去。本人の遺志により現在出版が許されているのは、「ライ麦畑でつかまえて」の他4冊の短編集のみとなっている。2019年1月に生誕100周年を迎える。

「サリンジャー生涯91年の真実」

映画原作 ケネス・スラウェンスキー/著

田中啓史/訳(晶文社刊)

サリンジャーの死後初めて出版された伝記で、膨大な資料と緻密な調査によってこれまで知られていなかったサリンジャーの新事実を明らかにした。

本書は米国でベストセラーとなり、2012年度ヒューマニティーズ・ブック賞を受賞。15カ国語に翻訳、20カ国で発売された。著者のスラウェンスキーは2004年にサリンジャーのウェブサイト「DeadCaulfields.com」を創設。ヴァニティ・フェア誌、フランスのルヴュ・フユトン誌などに執筆している。